思い切って休んでみるのもありじゃない?仕事のパフォーマンスと心理学

思い切って休んでみるのもありじゃない?仕事のパフォーマンスと心理学

仕事に関するストレスは、心理学が産業場面とかかわりを持った当初から、大きな問題として存在し続けています。特に日本では過労死や長時間残業、自殺などの様々な問題が長年にわたって続いています。では、このような仕事に関する問題に対して、心理学はどのようにアプローチしているのでしょうか?今回は仕事と心理学という観点から、最近の日本の現状について解説していきたいと思います。

目次

  1. 産業・組織心理学 – 仕事と心理学の基礎知識 –
  2. ストレスチェック制度 – 1年に1回のチェックが義務化 –
  3. プレゼンティーイズムとは? – 仕事を休むことよりも大きな問題とは? –
  4. EAPとは? – あなたの健康はあなたの物ではない? –
  5. 働き方改革の心理学 – 心理学で仕事は変わるのか? –
  6. まとめ

【1】産業・組織心理学 – 仕事と心理学の基礎知識 –

心理学の応用分野の1つに、産業・組織心理学という学問領域があります。これは個人の心に関するものではなく、集団に関する心理学である社会心理学の中の、さらに産業場面における仕事と人間、仕事と組織に関する心理学です。産業・組織心理学のカバー範囲は非常に幅広く、採用人事・配属・職業適性・組織風土・モチベーション・マーケティング・労働効率・リーダーシップ・集団意思決定・消費者行動など多岐にわたります。そして、特に現代社会において重要なポイントとなるのが、仕事のストレスや従業員のメンタルへルス対策なのです。

【2】ストレスチェック制度 – 1年に1回のチェックが義務化 –

(1)ストレスチェックの基礎

 2015年の12月より、従業員のストレスチェック義務化が法施行されました。法律の正式名称は、改正労働安全衛生法という名称になります(厚生労働省HP:https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/anzen/an-eihou/)。この法律施行の背景として、日本は自殺率が先進国では未だ高い状態にあり、身体疾患に関する健康診断だけではなく、メンタル面の健康診断も必要となっているからです。ストレスチェックはいわゆる“会社”に務めている人だけに当てはまる制度ではありません。法律では50名以上の従業員がいる“事業所”には、年1回のストレスチェックを実施する義務があります。従って、学校も病院も介護福祉施設も、勤務している人の総数が50名以上であれば、ストレスチェックの対象となります。

(2)ストレスチェックの流れ

 ストレスチェック制度は厚生労働省が管轄するものであり、厚労省が設定した基準をクリアすることが義務付けられています。法律の詳則についてはここでは割愛しますが、57項目の職業性ストレス簡易調査票への回答と、回答結果に基づく高ストレス者への適切な対応が求められています。また、厚労省はPCで回答でき、回答結果が自動採点され、判定結果も自動で算出・印刷できるソフトを無料で公開しているので、実施から個別のフィードバックまでは比較的簡単に進められます。

(3)ストレスチェックの実際

 既に施行から4年が経過したストレスチェック制度ですが、産業・組織心理学分野を中心に多くの研究報告が出されています。厚労省は職業性ストレス簡易調査票によるストレスチェックで、高ストレス者の判定を受けるのは、全従業員中、平均10%程度であるとしていました。しかし、実際には10%をはるかに超える割合で高ストレス者が存在している事業所も多く認めらます。また、ストレスチェックの結果を踏まえて、何らかの対策を講じたいと考えている事業所は多いものの、具体的に何をどのようにすればいいのかが分からないという声も多く聞かれます。

 ストレスチェック制度の存在自体が、仕事でのストレスに悩まされている人が多いということを国が公式に認めているということのあらわれです。そして、国が想定していた以上に高ストレス者が多いこと、具体的な対策案がなかなか無いという事実も、仕事におけるストレスが非常に難しい問題であることを示唆しています。逆に言えば、仕事のストレスで悩むということ自体は、珍しいことでも何でもない実に当たり前のことであり、あなたと同じように高いストレスに曝されている人は、日本中に何千万人もいるということなのです。

【3】プレゼンティーイズムとは? – 仕事を休むことよりも大きな問題とは? –

休まずに働いて17倍の損

 最近、産業・組織心理学の分野で注目を集めている概念にアブセンティーイズムとプレゼンティーイズムというものがあります。アブセンティーイズムとは「absence」、いわゆる欠勤のことであり、冠婚葬祭を除く心身の健康上の理由による欠勤日数のことです。一方で、プレゼンティーイズムとは「pre」、つまり“欠勤の前段階”というニュアンスがあり、欠勤はしていないものの、本調子では働けていない、という状態を指します。
ここまでの段階で、企業・事業所にとって、どちらの方が大きな損失になると感じるでしょうか?多くの方は、欠勤して仕事に穴を開けてしまうアブセンティーイズムの方が大きな損失をもたらすと思われるかもしれません。しかし、実際にはプレゼンティーイズムの方が約17倍もの損失を生んでいるのです。具体的な金額にすると、アブセンティーイズム(欠勤による損失)が1か月平均で約30,000円前後であるのに対して、プレゼンティーイズム(心身の不調によるパフォーマンス低下状態での勤務による損失)が1ヶ月平気で約560,000円となります。つまり、日本中の企業・事業所において、多くの従業員が「非常に低いパフォーマンスのまま、仕事をしており、莫大な金額の損失を出している」というのが現実なのです。

思い切って休んでみるのが経済的にも大きなパフォーマンスを生む

 仕事を休むということには罪悪感もあり、有給すらまともに取らないのが日本人の特性です。しかし、休むことができれば、パフォーマンスは回復するはずであり、休み明けにはパフォーマンスが上がった状態で仕事に取り組めます。しかし、どんなにしんどくても「休まない」と決め、ずっと低調子のまま働いていると、回復する機会もなく、ズルズルと低パフォーマンスのまま勤務を続けることになるわけです。極論から言えば、仕事のパフォーマンスが上がらない状態が続くのであれば、一旦休日をとってから仕事に復帰するくらいの方が、会社に与える損失が少なくて済む可能性があるわけです。




【4】EAPとは? – あなたの健康はあなたの物ではない? –

 ストレスチェックの制度は2015年から施行されましたが、その遥か前から産業場面において、従業員のメンタルヘルス対策が進められていました。これは、EAPとよばれるものであり、日本語に訳すと従業員支援プログラムとなります。日本でも以前からEAPの普及が進められており、EAPを専門とするアウトソーシング企業もあります。しかし、欧米発祥のEAPは、本場と比較すると、あまり日本に定着していません。本場、欧米におけるEAPでは、そもそも「従業員の健康は、従業員の所有物ではない」というところからスタートしています。従業員は所属する会社の利益のために「常に健康でいなければならない」ということが大前提であります。会社の利益のために働いているということは、従業員は常に100%に近いパフォーマンスを発揮し続ける義務があるということです。従って、極度の肥満や喫煙、過度の飲酒などに対しても、非常に厳しい評価が下されます。なぜなら、それらは全て健康を害する行為であり、会社にわざと損失をもたらしているに等しいとみなされるからです。
 このように非常にシビアな考え方に基づく本場のEAPですが、その分、サポート体制のレベルも高いです。従業員の健康は会社の所有物、ということは、会社はこの所有物を全力で守り抜くという考え方が浸透しています。そのため、従業員の心身の健康の維持・改善・回復や福利厚生には、惜しみなくお金を投資しています。また、仕事のパフォーマンスを低下させるのは、何も仕事上のストレスだけではありません。そこで、家庭内のトラブルやプライベートな問題に対しても、会社全体でのサポート体制が完備されています。具体的には、子どもの障害に対するサポートや、学校でのいじめや不登校に対するサポート、老齢の親の介護に対するサポートなどです。「会社がそこまでするの?」と思ってしまうところにまで踏み込み、徹底したサポートをするのが本場のEAPなのです。これは、従業員がプライベートで問題を抱えていたら、それが仕事のパフォーマンスにも影響を及ぼしてしまうという観点から、それすらも会社が解決するという強い姿勢のあらわれなのです。
 日本では、仕事とプライベートを厳密に分けて考える傾向が強いため、本場欧米のようなEAPは文化的に導入が難しいと考えられます。しかし「全ては会社のために」という考えが当たり前であるからこそ、会社の方も「全力で自社の利益である従業員の健康を守る」という姿勢を貫けるのであり、高ストレス社会である日本にこそ、ここまで踏み込んだが対応が必要なのかもしれません。

【5】働き方改革の心理学 – 心理学で仕事は変わるのか? –

 最近、特に注目を集めているキーワードに「働き方改革」があります。一般的には、残業時間を減らすことが大々的に喧伝されています。しかし、なかなか残業関連の改革が進んでいないという印象が強いのではないでしょうか?心理学的に仕事のパフォーマンスを考えると、長時間残業にはほとんど意味がないことが判明しています。そして、長時間残業は前述のプレゼンティーイズムの温床にもなるわけです。ただ、日本の企業・事業所の多くが、まだプレゼンティーイズムについて正確な知識を有しておらず、働き方改革や従業員のメンタルへルス対策には「ただ単にお金がかかるだけ」という認識が強いようです。とはいえ、前述のプレゼンティーイズムが及ぼす経済的損失の大きさを考えると、残業を減らし、有給が取りやすい職場環境を作ることが「目には見えない損失」を減らすことに繋がるのです。
 従業員個々のマインドを変えるということも重要な働き方改革です。職場の雰囲気が残業を減らし、有給を取りやすい状態になったとしても、最終的にそれを決めるのは従業員自身です。プレゼンティーイズムを考慮するなら、いっそ休んでリフレッシュし、パフォーマンスを上げるという判断ができる従業員が増えれば、実は会社の利益にもなるのです。この「仕事に対する考え方改革」こそが、今、従業員がすべきことなのではないでしょうか。

【6】まとめ

 今回は仕事に関する心理学について、産業・組織心理学、ストレスチェック、プレゼンティーイズム、EAPなどの観点から解説しました。従業員のメンタルヘルス対策は、企業・事業所側だけではなく、当事者である個々の従業員のマインド・チェンジが非常に重要です。仕事のストレスで悩むことは、誰にでもあることです。そして、休息をしっかりとることがストレスケアになるというのも、誰にでも共通する要素です。ただ、休むという行為に後ろめたさを感じる人が多いという問題があります。そこに心理学的な要素としてのプレゼンティーイズムなどの正しい知識を身に着けることで「自分がしっかり休むことは、会社の利益になるんだ」ということに気づくことが、働き方改革の第一歩なのではないでしょうか。

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